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縁起が良さそうな元日馬富士の思い出を春場所が始まる前に書いてみる

投稿日:2018年1月4日 更新日:

楽しみな本場所と本場所の間約2カ月間をこれほど相撲ファンとして暗鬱とした気分で過ごしたことは、八百長騒動以来ですかね。
毎日ずっとテレビやニュースを騒がせていますが、もう日本相撲協会や貴乃花については語る気力はありません。

日馬富士のファンでしたので、その思い出を書いておこうと思います。

元日馬富士という字面を見るたび、良い四股名だなぁと感心します。元という文字が付いて縁起が良くなるという奇跡・・・漢字を並べると音読みにも訓読みにもできる日本語ならではといったところでしょうか。

元は安馬という四股名でした。「安い馬?」「プロなのにアマ?」と、疑問符が付くセンスの名前でしたが、当時の安治川親方(現伊勢ヶ浜親方)は命名センスがおかしいことで一部で有名でした。
私の記憶では、当時は部屋の外国人枠の制限がゆるく、同じモンゴル出身の力士が部屋にもう一人いて、そちらの名前が「安虎(あこ)」だったと記憶しています。いずれにしろ「ん?」となるネーミングではありました。他にも、当時の安治川部屋には変な名前の力士が沢山いましたよ・・・。

伊勢ヶ浜親方本人もそのことを自覚されていたのか、安馬が大関昇進になった頃、「いつまでも安い馬ではいかんでしょう」と、これまた突っ込みどころ満載な発言をされてて、その後新たに日馬富士という四股名に変わりました。
大関になってこのように四股名が変わるという例が過去にあったのかはよく分からないですが、「いいかげん改名を!」という周囲の声が大きかったことは想像に難くありません。
大関になって四股名が変わるということが当時、とても新鮮に感じられました。ポケモンが進化して名前が変わるような感じに非常によく似てます。

たまたまなのですが、当時のNHKの相撲中継で千代の富士が解説していた回でこの日馬富士の四股名の話題になり、「日馬富士という新しい四股名はどうですか?」と実況アナが質問すると、辛口コメントで有名な千代の富士が「とても良い名前になりましたねぇ」とめずらしく大絶賛していたのが印象に残っています。
ちなみに、北の富士勝昭さんも同じように日馬富士の四股名をすごく褒めていました。やはりぞれぞれ自身のお名前に「富士」が付いているので、親近感が沸くのだろうなと思いました。
千代の富士は日馬富士のことはずっと贔屓にしていたようで、私は千代の富士の日馬富士の取り組み解説を聞くのが好きでした。ずっと「俺の相撲を手本にしなよ」と生前によくアドバイスを送っていたそうです。

千代の富士はあの小さい体で横綱相撲を取ろうとして体が付いていかなくて脱臼癖ができてしまいそれを克服するために鋼の肉体を手に入れましたが日馬富士は体重も増えて立ち合いからの突き刺さるような瞬発力、出足の威力はずっと進化していったような感じでしたね。それでいて抜群の反射神経は健在で、白鵬にカエル飛びのような体勢で懐に入り込んだ一番などは日馬富士じゃないと成しえない戦法だったと思います。

私は安馬のファンだった頃は、「安馬は名関脇ぐらいにはなるだろう」とよく言われてたのを覚えています。幕内に上がってきたころでも体重が110キロぐらいだったので、まわしの上に贅肉が全然乗っていない安馬が将来横綱になると確信していた人は少なかったと思います。ですが「体重が増えれば確実に横綱」とも言われていました。まさか本当にそうなるとは思いませんでした。

本当に横綱になると思わなかった系の力士としては某お鶴さんと、某稀なる勢い関がおりますが・・・日馬富士はまたベクトルが違うのです。日馬富士は横綱になってからもそのキャリアを正しく積み上げてきました。優勝9回は横綱の成績としても立派な部類です。
ただし日馬富士が横綱としてどれぐらいの評価が妥当かというのは後世議論の的になると思いますね。大相撲には記録マニアというのが一定数いるので・・・日馬富士は昔からずっと議論の的になる力士でした。

個人的な感想ですが、日馬富士は「確実に優勝するため」にコンディションを4~6カ月のスパンで自ら調整していたような部分は多分にあると思います。白鵬も最近その傾向があるのではないでしょうか。
日馬富士の凄いところはそれで「全勝優勝」を3回も経験していることですね。稀勢の里は毎回全科目90点以上取るけどトップになったことがない、白鵬はほぼ毎回98点取るバケモノ、日馬富士は半年に一回しか本気出さないけど本気出したら脅威の集中力で全科目100点満点取って一躍ヒーロー、そういうイメージでした。

稀勢の里と日馬富士の関係にも触れておきましょう。もう検索しても出てこないですが、この二人が新三役になったぐらいの頃、来る日も来る日も、ものすごい回数の三番稽古(同じ相手と連続して取る稽古)を重ねていた様子はよくニュースで報じられていました。
当時の鳴門部屋が、故鳴戸親方の方針として出稽古禁止だったのですが、故鳴戸親方が存命中に実は稀勢の里は出稽古に行ったことが一度だけあるらしく、その相手が日馬富士だったようです。
このエピソードも、もう検索してもあまり出てこないですが、私はうっすらと覚えています。確か先に大関になった日馬富士が、鳴戸部屋によく出稽古に行って、鳴戸親方が「大関がわざわざ来てくれたお礼」にと稀勢の里を出稽古に行かせたような話だったと思います。
日馬富士は稀勢の里についてはよく言及していて、何というかかなり・・・愛があったようですね。それも一方通行の方で。
「稀勢の里には横綱になってほしい、日本人の横綱は必要だ」的なことは以前よく言ってましたし、伊勢ヶ浜親方も、稀勢の里に対する稽古指導は、部屋の垣根を越えて熱心にされていたと思います。

伊勢ヶ浜親方という人物は逆切れ会見でかなり世間の印象を悪くしてしまったようですが、私なんかは「あの親方らしいなぁ」という目で見てしまい、非常に胸打たれる会見でした。それこそ涙無くしては見れないぐらいの・・・
ここらへんはどう説明したら分かってもらえるのか・・・分かりません。伊勢ヶ浜親方は解説をやらせても千代の富士と同じぐらい辛口であまりテレビ向きでなく、稽古場でもあの眼光の鋭さはそのままで親方然としているんですが、内面は非常に朗らかでとにかく弟子思いで人望も厚く、責任感がありそこそこ部屋運営の手腕にも優れて政治的な野心も強く、非常に組織の幹部に向いている人物ではあったと思っています。
まぁそのような野心を大きく支えていたのは、日馬富士という力士を育て上げたという実績によるところは少なくなかったとは思います。伊勢ヶ浜親方自身が最高位横綱でしたので、横綱が横綱を育てるというのは、親方にとっては一つのキャリアの頂点ではありますからね。

とはいえ現実に起きてしまったあの暴力事件を見るとその伊勢ヶ浜も失敗を犯した部分はあったのだと思います。弟子の指導は厳しかったようですが、「横綱の品格とは、警察沙汰にならないことだ、それだけ守れば十分だ」とでも言ってあげていれば結果は変わったのかな、なんて思うことはしばしばあります。

あの逆切れ会見は、不祥事起こした企業の社長などが会見であのような逆切れを見せれば叩かれるのかもしれないですが、相撲部屋の師匠と弟子の関係は簡単に会社で例えられないものがあります。
貴乃花の弟子への溺愛は誰もが納得するところだろうと思いますが、伊勢ヶ浜親方と日馬富士の深い師弟愛についてはよく知っていましたので、私にはあの逆切れ会見は辛くて見ていられませんでした。

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