どうモメンです。
私は相撲は好きですが相撲を巡る昨今の喧噪については・・・もはや何から話していいやら。
相撲ファンとして申し上げておきますが、国技相撲をめぐる外国人力士の是非については、その安易な排斥主義を嫌悪しています。
相撲の魅力は、決して伝統と美学だけに尽きるわけではありません。もしそうであったら相撲が300年の長きに渡って人々の娯楽になりえたとは考えられません。
古い話ですが、かつての東京オリンピックで、日本はお家芸の柔道で全階級での金メダルを当然のように期待していましたが、最も花形の無差別級において、へーシングという選手が金メダルを取ってしまい、「計り知れない」衝撃が日本国中に走ったという話は有名ですよね。
この話をもってして、当時の日本人選手の不甲斐なさをただただ嘆くだけの意見、外国人選手に対して一方的にネガティブな意見というのは、今日ではあまり聞かれません。
むしろこのような出来事によって、柔道という競技の奥の深さを日本人は認識しそこそこ前向きに捉えられた側面が強かったと思います。
私が相撲の外国人力士に対する考えはおおむねこれと同じような感じです。外国人力士がいない大相撲なんて見たくありません。
とくにモンゴル人力士は、その勝ちにこだわる姿勢が時に批判に晒されることはありますが、それ以上にあの強靭な足腰と高い身体能力を生かした相撲は非常に見ごたえがあり、日馬富士の小さな体から繰り出されるダイナミックな相撲などはお金を払って見に行きたいと思えるぐらいのものでした。
貴乃花親方は、元々は純血主義的な考えを持っていて、部屋創設当初は、学生相撲出身者と外国人力士の受け容れをかたくなに断っていましたね。
しかし、途中で考えが変わって、部屋の環境をより充実させるために、方針転換をして、その結果モンゴル人力士貴ノ岩の成長により、部屋初の関取が誕生し、非常にその弟子を溺愛していたところから見るとそこまで純血原理主義者でもなく、ある程度の柔軟さを持っている部分も本来お持ちであるとは思います。
ただただかたくなで不器用な部分だけがクローズアップされていると、まるで無知な部分ばかりが強調され、悪い印象を受け取られかねませんが、いざという時は、正しい判断もできる人物であるとは思ってます。
ですので、もしかしたらこの過度な騒ぎは、本人自身も収集が付けられなくなっており、また相撲にあまり関心がない人間の安易な、また過度な外国人排斥論を呼び込んでしまったことに対して、本意ではないところはあるかもしれないとも思います。
悪人でもないのに毎日毎日、テレビカメラに追い掛け回されて、気の毒な部分もあります。
フランスの某雑誌シャルリーエブドの編集長が、自分たちは丸腰で危険を冒して戦っているが、自分を支持する無知な人間はは安全な建物の中にいて「やれやれ!もっとやれ!」と嗾けているだけ、と自分たちの支持層を揶揄していたのを思い出します。
まぁ全ては想像にすぎません。私は貴乃花親方の行動については、そのいずれについても支持はできかねますので。